同期の昇進通知を見た朝、私は電車を3本見送った
月曜の朝7時48分。いつもの通勤電車で、いつものようにスマホを開いた。
社内ポータルに「人事異動のお知らせ」。同期の名前が、課長職の欄に載っていた。
……胃のあたりが、ギュッと締まる感覚。
気づいたら、次の駅で降りていた。ホームのベンチに座って、何もしないまま電車を3本見送った。「おめでとう」とLINEを送る気力もなかった。
私は42歳。新卒で入った会社で、もう19年。ずっと事務職。ずっと同じフロア。ずっと「縁の下の力持ち」という便利な言葉で自分を納得させてきた。

「〇〇さんって、ずっとこのポジションなんですか?」
数ヶ月前、後輩にこう聞かれた。悪気はなかったと思う。純粋な疑問だったんだろう。
「うん、まあ、私はこういう仕事が好きだから」
そう言って笑ってごまかした。でも、帰りの電車でその言葉がリフレインして止まらなかった。
——好きだから? 本当に?
——それとも、ただ「変われなかった」だけ?
夜中の2時に目が覚めて、天井を見ながら考える。40過ぎてこんなこと言ったら笑われるよね。若い子にはもう勝てない。でも、このまま定年まで同じ席に座ってるの?
SNSの裏アカウントでしか呟けないような本音が、頭の中でぐるぐる回る。

私は「プログラミング」に手を出して、見事に挫折した
「スキルアップの停滞を打破する方法」——こういう記事、私も何度も読んだ。
そして、やってみた。プログラミングスクールに通った。「これからはITスキルが必須」「40代からでも遅くない」という言葉を信じて、30万円払って、仕事終わりに毎晩2時間、半年間。
結果は、惨敗。
エラーが出るたびに心が折れた。質問しても「それは基礎ですよ」と言われて、自分がバカに思えた。同期の受講生はみんな20代後半で、どんどん先に進んでいく。最終課題の締め切り前に、私はフェードアウトするようにやめてしまった。
「やっぱり向いてなかったんだ」
そう自分に言い聞かせて、また元の生活に戻った。でも、胸のあたりにモヤモヤが残り続けた。
「このままで終わりたくない」の正体
あの挫折から1年くらい経って、ようやく気づいたことがある。
私が本当に求めていたのは「プログラミングスキル」じゃなかった。
——自分には、まだ何かできるという証拠がほしかった。
——「このポジションの人」じゃない自分になりたかった。
——同期の昇進を、心から祝える自分でいたかった。
「スキルアップの停滞」という言葉でモヤモヤを説明しようとしていたけど、本当の問題は別のところにあった。私は「スキル」が足りないんじゃなくて、「自分の居場所」が見えなくなっていたんだと思う。
大層な目標なんて、いらなかった
プログラマーになる夢は諦めた。でも、「何もしない」に戻るのは嫌だった。
だから、小さく始めることにした。本当に小さく。
最初にやったのは、「3年後の自分がどうなっていたいか、紙に書く」こと。たったそれだけ。
夜、台所のテーブルで、100均のノートに書いた。
3年後。47歳。
・会社以外の収入が月3万円ある
・「事務の〇〇さん」以外の肩書きがある
・新しいことを学ぶのが楽しいと思えてる
書いてみて思った。これくらいなら、もしかしたらできるかもしれない。
「プログラマーになる」より、ずっと現実味があった。

私が実際にやった「4つのこと」
ここから、私が1年ちょっとかけて試したことを正直に書く。成功したこともあれば、うまくいかなかったこともある。
1. キャリアプランを「紙に書いた」
さっき書いた「3年後の目標」。これ、馬鹿にできなかった。
頭の中でぼんやり考えてるうちは「なんとなくモヤモヤ」だったのが、文字にすると「やること」が見えてきた。
「会社以外の収入が月3万円」を達成するには、何かしら副業が必要。じゃあ、自分に何ができる? 事務処理は得意だけど、それで稼げる? 文章を書くのは嫌いじゃない。昔、社内報の担当をしてたこともある。
……ライティング、やってみようか。
こんなふうに、「漠然とした不安」が「具体的な行動」に変わっていった。
ポイント: 大きな目標を立てなくていい。「3年後にこうなってたら嬉しい」くらいの温度感で十分だと思う。
2. 副業で「Webライティング」を始めた
クラウドソーシングサイトに登録して、最初に取った案件は「1記事2,000円」。時給換算すると500円くらい。正直、心が折れそうになった。
でも、3ヶ月くらい続けてみた。週末の土曜日の朝、2〜3時間だけ。平日は無理しない。このルールを自分に課した。
4ヶ月目くらいから、少しずつ単価が上がってきた。「〇〇さんの記事、読みやすいです」とクライアントから言われたとき、うれしかった。会社では何年も言われたことがない言葉だった。
今は月に3〜5万円くらいの収入になってる。「会社以外の収入が月3万円ある」という目標は、1年でクリアできた。
正直に言うと: 最初の3ヶ月は本当につらい。「こんな安い単価で何やってるんだろう」と何度も思った。でも、「会社の評価」じゃないところで自分の価値を確認できた経験は、想像以上に大きかった。
3. 「憧れの人」に会いに行った
副業を始めて半年くらい経った頃、Twitterでフォローしていたフリーランスのライターさんが、少人数の勉強会を開くという告知を見た。
参加費5,000円。正直、迷った。「私なんかが行っていいのかな」と思った。
でも、行ってみた。10人くらいの小さな会。私は明らかに最年長だったけど、誰も気にしてなかった。
その人に直接聞いた。「40代から始めても、本当にやっていけるんですか?」
答えは、「やっていける人もいるし、いけない人もいる。でも、やらなきゃわからないですよね」。
すごく普通の言葉だったけど、なぜかストンと腑に落ちた。「やらなきゃわからない」。それだけのことだった。
気づいたこと: 本やブログで読む「やればできる」と、実際にやってる人から聞く「やらなきゃわからない」は、言葉は似てるけど響き方が全然違う。
4. 「難関資格」は……私には向いてなかった
正直に書く。「簿記2級」に挑戦して、落ちた。
副業で少し自信がついた頃、「もう一つ武器がほしい」と思って。事務職だし、簿記くらい持っておいた方がいいかなと。
3ヶ月くらい勉強したけど、結局、試験当日に緊張で頭が真っ白になって、ボロボロだった。
悔しかったけど、気づいたこともある。私は「資格」がほしかったんじゃなくて、「資格を持ってる自分」に安心したかっただけだった。でも、ライティングの仕事は資格なしでも成り立ってる。資格がなくても、実績を積めば仕事は来る。
今は、資格の勉強は一旦やめてる。いつか再挑戦するかもしれないし、しないかもしれない。それでいいと思ってる。
「それでも動けない」あなたへ
ここまで読んで、「いや、わかるけど、やっぱり動けないんだよ」と思ってる人もいると思う。
正直、私もそうだった。プログラミングに挫折してから、1年くらいは本当に何もできなかった。
だから、一つだけ提案させてほしい。
「3年後にどうなっていたいか」を、紙に書くだけでいい。
誰にも見せなくていい。立派なことを書かなくていい。「月3万円稼ぎたい」でも「新しい友達がほしい」でも「転職したい」でも、なんでもいい。
それだけで、何かが変わり始める。少なくとも、私はそうだった。
ノートは100均のやつで十分。ペンは家にあるやつで十分。今日の夜、寝る前の10分だけ、試してみてほしい。

「このままで終わりたくない」は、恥ずかしいことじゃない
42歳で「このままで終わりたくない」なんて、青臭いことを言ってる自覚はある。
でも、言わせてほしい。
同期の昇進を見てホームのベンチで固まってた1年前の私は、今の私を想像できなかった。副業で月5万円稼いで、「事務職のかたわらライターもやってます」と自己紹介できる自分なんて。
大したことじゃない。人から見たら「で?」と言われるレベルだと思う。でも、私にとっては、確実に「前」とは違う場所に立ててる実感がある。
スキルアップの停滞を打破する方法なんて、正解はない。私の方法が誰にでも合うとは思わない。
ただ、「このままで終わりたくない」と思ってる時点で、あなたはもう一歩を踏み出してる。その気持ちを、なかったことにしないでほしい。
もし「次に何をすればいいかわからない」なら
私がキャリアについて考え直すきっかけになった記事があります。
自分の「強み」を棚卸しする方法とか、40代からのキャリア戦略とか、もう少し具体的な話が書いてあるので、興味があったら読んでみてください。
→ 40代からのキャリア戦略|私が「自分の強み」を見つけ直した方法
この記事を書いた人:40代・事務職・ライター見習い。プログラマーの夢は諦めたけど、まだ何か探してる途中です。